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2012年9月 1日 (土)

第25話 アイアン サンド ラッシュ 【iron sand rush】 という新発想で古代史の謎に挑む

Iron_sand_rush

縄文時代の海進によって湖底などに砂鉄が堆積し、鉱床を形成した。弥生時代の海退によって、湖の周辺から沼地に変わり、葦原の地中に眠る鉱床が採掘できるようになった。

砂鉄の鉱床の発見地、採掘地に向かって大ぜいの人が急激に集中した現象をアイアン サンド ラッシュ【iron  sand  rush】と命名しました。(略 iron rush)

この言葉は、金の発見地、採掘地に向かって大ぜいの人が急激に集中する現象をゴールド・ラッシュ【gold rush】ということになぞらえたものです。
 
弥生時代後期か古墳時代から行われていたとされる砂鉄採取ですが、私はこれまで、採取時に水がにごることから、稲作に影響しない農閑期などに、川底に堆積した土砂に含まれる一年分の砂鉄を、繰り返し採取するイメージしていました。
 
00212_2

参照)良質の砂鉄を産出したと思われる糸井川はコチラ


それに対し、アイアン(サンド)ラッシュ現象という発想は、もっとダイナミックな現象をイメージしています。
 

Photo

イラスト①
 
前提として、縄文海進時代に巨大な池や、河口湖に流れ込む河川の合流地点では、長い年月をかけ大量の砂鉄が堆積していたと考えます。(縄文海進は下段説明参照)
 
 
イラスト②
  
弥生時代の海退により、河口湖が徐々に干上がり、周辺部から葦の生い茂る沼地や湿地帯になっていったと考えます。(海退は下段説明参照)
 
 
その結果、灌漑設備を施せば、堆積していた砂鉄の鉱床の採掘が可能となり、海退のスピードにあわせ、各地の主要な河川で海抜の高い上流地域から河口に向け、あるいは、湖や巨大な池の周辺部から中心部に向け、数年から数十年かけ採掘地が移動する現象が起こったと考えます。
 
 
 
イラスト③
  
出雲の宍道湖、琵琶湖、奈良盆地の大和湖、京都の巨椋池、大阪の河内湖などの周辺部で、大量の砂鉄が発見され、日本に行けば大量の砂鉄を採取できると、採掘地に向かって大ぜいの人が急激に集中したと考えられます。
 
参照)「第4話 葦原が豊だったのは未盗掘の砂鉄が眠っていたから?」はコチラ
 
この現象をアイアン サンド ラッシュ【iron sand rush】と命名しました。
  
(インターネットで検索してもヒットしませんので、誰も提唱していないと考えているのですが、違う言葉で表現されているかもしれません。)

 
イラスト④
 
砂鉄を掘り出した跡地は、水田や集落として整備されたと考えます。
 
 
山間部の河川の場合、山にぶつかり河川が湾曲した個所などは、堆積地をある程度正確に予想できたと思われます。
 
 
それに対し、平地の巨大な池や、河口湖に流れ込む河川の場合、護岸が整備されている現代と違い、洪水の度に流れ込む場所がかわり、その結果、砂鉄の堆積する場所も広範囲に移動した可能性があります。
 
そのため、採掘にあたるリーダーには、地形と土質を読む能力が求められたかも知れません。
 
広いエリアの採掘は、砂鉄採取という面では非効率かもしれませんが、その副産物として広大な農地が整備されたことを考えると、無駄足ということではなかったと考えます。
 
大量の砂鉄の出現により、農耕具が安価で流通するようになり、水田開発の作業効率が飛躍的にアップしたと考えます。
 
また砂鉄を海外に輸出することで、リーダーは富を蓄え、富の象徴とも言える巨大な古墳に埋葬されたと考えます。
 
 
奈良や河内の多くの巨大古墳は、盆地湖や河内湖の周辺部に築造されています。これらは、砂鉄を採取し水田に開発する公共事業の残土処分も兼ねていたのかも知れません。
砂鉄採掘の拡大に伴い残土の量も増加したことが、古墳が巨大化した理由かも知れません。
 
縄文時代には既に伝わっていた稲作ですが、このアイアン(サンド)ラッシュ時代に、採取された鉄で、鍬や鋤の一部に鉄が使用され、農作業の効率が飛躍的に向上し、水田面積も倍増し、砂鉄を求め、海を渡って押し寄せた多くの人が新たに生まれた平野に住み都市が形成された。
 
弥生時代から古墳時代とは、このような時代だったのではないかと想像します。
 
関西の開発が一段落したのち、技術集団は濃尾平野、関東平野の未開発の湿地帯をめざして移動したのではないでしょうか。あるいは、同時期に列島の広い範囲で同じ現象が起きていたかも知れません。
  
(説明)

縄文海進(じょうもんかいしん)
(別名「有楽町海進」、「完新世海進」、「後氷期海進」)

 縄文時代に日本で発生した海水面の上昇のことである。海面が今より

3~5m高かったと言われ、縄文時代前期の約6,000年前にピークを迎え

たとされている。

日本列島の海に面した平野部は深くまで海が入り込んでおり、気候は

現在より温暖・湿潤で年平均で1~2℃気温が高かった。

約19000年前から上昇し始めた。 世界的には海面は年間1~2cm上昇

し、場所によっては100m上昇した。しかしこの現象が見られるのは

氷床から遠い地域だけであり、氷床のあった北欧などでは見られない。

厚さ数千mに及んだ氷床が解けた重みがなくなって海面上昇速度以上

に陸地が隆起したからである。その典型がノルウェーのフィヨルド地

形である。

 縄文海進は、貝塚の存在から提唱されたものである。海岸線付近に

多数あるはずの貝塚が内陸部でのみ発見されたことから海進説が唱え

られた。当初は、日本で活発に起きてい火山噴火や地震による沈降説

も唱えられたが、その後、海水面の上昇が世界的に発生していたこと

が確認され裏付けられた。     

出典:『ウィキペディア』

海進(かいたい)
 その後、解けた氷河で増えた海水はゆっくりと海底を沈降させ、見

かけ上で海が後退した。 

  
出典:『ウィキペディア』

第46話 河内湖の蓮と鉄 (2013年8月10日 (土))コチラ

【Youtube】アイアン サンド ラッシュ 【iron sand rush】 古代史の新発想 (コチラ) 

2014.6.14公開  2:03

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