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2012年6月26日 (火)

第8話 但馬の茶すり山王と馬

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但馬の王墓、茶すり山古墳は、直径90mと近畿地方最大級の円墳であること、さらに鉄の武器や工具などの副葬品の数が1767点と多いことなどから、国史跡に指定されています。(写真は、2008年、現地説明会)
その出土品が兵庫県立歴史博物館から朝来市の古代あさご館に還ってきたことを記念して記念講演が開催されました。
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(古代あさご館は、北近畿豊岡自動車道の道の駅「但馬のまほろば」に併設されています。)

講演では、京都府立大学、菱田哲郎教授から但馬の馬に関する興味深い話を伺うことができました。

大豪族が住む巨大な建物が4棟などが見つかった茶すり山古墳近くの柿坪遺跡は、古墳に埋葬された王の居館跡と考えられていますが、5世紀前葉の溝から馬の歯が見つかったとのこと。

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(兵庫県立考古博物館の展示。鎧、兜は、茶すり山古墳の王のものではありませんが、茶すり山の王もこのような姿であったと思われます。)

また、馬を飼うには、必須ミネラルとして塩が必要とのことで、製塩土器も発見されていることから、5世紀前葉の、国内では早い段階に馬の存在が認められるとのことでした。

糸井川河口付近の朝来市和田山町林垣の春日古墳(古墳時代後期)からは、杏葉、雲珠、辻金具といった金銅装馬具も見つかっています。

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ところで、西暦250~300年に造られ中国製の飛禽文鏡などが出土した、若水(わかす)古墳に埋葬された王の居館が特定され、製塩土器や馬の歯が見つからないでしょうか。

そうすれば、魏志倭人伝に書かれた3世紀末に、すでに但馬で馬が飼われていたことになり、投馬国但馬説のひとつの説得材料になるのですが。

 

 

 

 

 

 

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