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2012年6月24日 (日)

第7話 コウノトリの足跡と但馬

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夏の水田管理のため、この時期に溝切りという作業を行います。
 

 

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作業を行うため、落水した際、稲の株間にサギの足跡を見つけました。

 

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大阪府の池島・福万寺遺跡の、国内で水田稲作が本格化した約2400年前、弥生時代の水田跡から発見されていた足跡が、コウノトリのものとわかり話題になったことがあります。

 

 

 

コウノトリが身近な鳥で、桜ケ丘銅鐸などに描かれた鳥がコウノトリである可能性が高まりましたが、銅鐸の絵は簡略で、足跡だけで鳥を特定するのは難しいようです。

 

 

 

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銅鐸に描かれた鳥はサギ説も有力ですが、コウノトリが白黒2色の鳥であることから、銅鐸に描かれたと考えられないでしょうか。

 

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但馬の鉄の産地、鉄鈷山から流れる糸井川河口で古い字「耳田、黒白」を見つけ調べた際、真弓常忠氏の『古代の鉄の神々』(学生社1997年)に「白黒の鉄砂をオオナムチ・スクナヒコ2神の霊として奉祭した。」との記載を見つけました。

 

また砂鉄の原料は、黒雲母などを含み黒白斑状をしていること、日本書紀が記すセキレイも白黒2色の鳥であること、白雉や「魏志倭人伝」に記された献上品の黒雉、新嘗祭神饌の白酒・黒酒など、白黒2色の組み合わせに古代人の神聖な思いを感じます。

 

『日本書紀』巻第6、垂仁天皇の条、「鳥取の姓」には、物言わぬ誉津別皇子が、大空を飛ぶ白鳥の鵠(くぐい)を見て声を発するエピソードが紹介されています。これまで、白鳥とばかり思っていましたが、鵠をコウノトリとする説もあるようです。

 

 

『古事記』垂仁天皇の条、「本牟智和気王」で、鵠は紀伊、播磨、因幡、丹波、但馬、尾張、信濃、越を飛び回ります。これらの地は、鉄の産地をさすのではないでしょうか。

 

4世紀前後の中国において風水説(陰陽の占術)が鉱業関係に強い影響を与えました。陰陽を表す白黒二色のコウノトリは、鉱業関係者にとって、特別な存在で、記紀に登場するのかもしれません。

 

もしも、弥生時代の銅鐸に記された鳥がコウノトリであるなら、単に身近な鳥として描かれただけでなく、弥生時代に稲作とあわせ砂鉄採取が行われ、良質な砂鉄が大量にとれることを願い、銅鐸を鳴らしていたのかも知れません。

 

そのように考えるとコウノトリの足跡は、日本の砂鉄採取の歴史を塗り替える可能性をもにぎっているのかもしれません。

 

泥の海が干上がり水田が整備された弥生時代、何百年かをかけ、泥の中に堆積していた砂鉄が採取できたのではないでしょうか。

 

入佐山古墳の最古の砂鉄から生野銀山へと鉱物資源の歴史を持つ但馬ゆえ、白黒2色のコウノトリは大切にされ最後まで生息できたのかも知れません。

 

コウノトリの写真は、豊岡市の兵庫県立コウノトリの郷公園で撮影したものです。豊岡市下宮には、式内社久久比神社があります。

 

 

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モノクロ写真を追加しました。2012.11.21

 

 

第46話 河内湖の蓮と鉄 (2013年8月10日 (土))コチラ

 

 

 

 

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