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2012年6月28日 (木)

第9話 ラムサール条約とアメノヒボコ

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コウノトリの野性復帰への取り組みにより、生物多様性が育まれた円山川下流域が、7月にも、正式にラムサール条約(特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約)の登録地になる見込と地元新聞に紹介されていました。

但馬には、地固め地蔵が円山川沿いに残っており、アメノヒボコ(天日槍)が円山川河口の瀬戸を切り開き、泥の海であった豊岡盆地を実り豊かな大地に開拓したという伝説が残っています。


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今では、河口附近だけ残る湿地ですが、アメノヒボコが切り開くまでは、豊岡盆地全体が湿地帯で、大空をコウノトリが群れをなして飛びまわっていたことでしょう。

ところで、伝説どおりアメノヒボコが瀬戸を切り開いたとして、水田開発が第1の目的だったのでしょうか。

もしかすると、湿地帯の下に眠る大量の砂鉄を採取することが一番の目的で、採取した跡地が、水田として再利用されたのではないでしょうか。

(「葦原が豊かだったのは未採掘の砂鉄が眠っていたから?」をご覧ください。→コチラ

但馬では、アメノヒボコよりも古くから、太耳が砂鉄を採取していたのかも知れません。

太耳は、前津耳ともいわれます。最も上流の港(前津)である糸井川河口付近、高瀬の港(前津)と、下流の式内社、耳井神社(豊岡市宮井)付近に船だまりを設け、砂鉄を輸送していたのかも知れません。

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アメノヒボコが但馬に居を構えたのは、流れの緩やかな円山川河口付近は、灌漑工事がしやすく、播磨の河口や琵琶湖岸よりも大量の砂鉄採取が期待できたからでしょうか。

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