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2012年6月 5日 (火)

第2話 失われた地名「耳田」の発見

 神武東遷の出発地が日向のミミ津で、そこには耳川が流れていること、投馬国の長官の名がミミであることなど「耳」は古代史の謎にせまるキーワードのひとつです。
 今から14年前の平成7年、シンポジウム『古代但馬と日本海』の報告書(1995年3月:但馬・理想の都の祭典実行委員会発行)に、「天日槍の伝承の前に、但馬の地ではミミと尊称された在地の王あるいは豪族の存在があったことを思わせる。ミミのつく地名がないか探してほしい。」という門脇禎二氏の一文を見つけ、興味を覚え「耳」のつく地名を探すことにしました。
 天日槍は、古事記は多遅麻の俣尾の娘、前津見と結婚したと記し、日本書紀は太耳あるいは前津耳の娘麻多烏と結婚したと記します。天日槍と言えば但馬の出石が有名ですが、峠を南に越えた糸井郷(養父郡糸井村→朝来郡和田山町→朝来市和田山町)寺内に、天日槍の岳父を祭る山王神社があります。

 この神社では、毎年7月に県指定無形重要文化財に指定される寺内ざんざか踊りが奉納されます。山王神社には、佐伎津比古阿流知命(サキツヒコアルチノミコト)神社(式内社)というもうひとつの名があり、天日槍の岳父とアルチノミコトの2神が祭られています。山王神社と呼ばれる由縁は元禄時代に徳川家秘蔵の大国主命が合祀されたことによります。この岳父、太耳の名前に耳とつくことを手掛かりに地名を探すことにしました。 
 昭和40年代に多くの地区で行われたほ場整備の記念誌『土にいどむ』(昭和48年9月、和田山土地改良区発行)で、糸井村の地名を探したところ、糸井川河口付近の林垣に、ほ場整備により失われた小字「耳田」を見つけました。

 

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「土にいどむ」(昭和48年9月発行 和田山土地改良区)に記載されている字限図の字「耳田、黒白、籠」に着色したものです。中央、右より「耳田」、「黒白」、「籠」が並び、「籠」と「黒白」の間には水路が流れています。「耳田」の円山川側には「金尻」、「山王田」、また糸井川を挟んで「馬背場」があります。

 

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HP但馬二千年桂 寺内ざんざか踊りは、コチラ 

HP但馬二千年桂 耳田・黒白・籠の発見は、コチラ 

 

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佐伎津比古阿流知命神社の狛犬ならぬユニークな猿の石像

 

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